自尊心を高めるとは一体どういう意味なのかという話

自尊心を高めるとは

この記事は「ブログ」というカテゴリーに属しており、情報として簡潔したものをお届けするものではありません。

当サイト運営者であるエルクが、サイト運営の備忘録として、精神世界をあれこれ模索する中で思った事を書き綴っておくものです。

そのため、支離滅裂で結論を伴わない微妙な内容になる可能性があることをあらかじめお伝えしておきます。m(_)m

「もっと自尊心を持て」

と人は言う。

その言葉は、応援のようで、叱責のようで、指摘のようで、

「そうは言われても、、、」

という感覚が付きまとう。

そもそも自尊心という言葉が意味する所が良く分からないし、
多分「自信」と似たようなニュアンスの事を指しているのであろうから、

もっと自信を持たなくてはいけないと言う気持ちにはさせてくれる。

しかし、そもそも自信は能動的に持ち得るものなのだろうか。

「根拠の無い自信」という言葉があるが、言うは易しであり、
当の本人は本心の部分ではやはり自信など無いのでは無いだろうか。

この備忘録では、この「自尊心」という謎の言葉の意味を掘り下げてみて、

  • 果たして「自尊心を持つ」ということはそもそも可能なのか。
  • そもそも持つべき代物であるのか。
  • もし持てる代物ならあるべき自尊心とは何なのか。

という疑問を私なりに探求してみるつもりだ。

そもそもなぜ「自尊心」が気になったか

と、その前に、

なぜ私が今日以下のような呟きをしたのかという点について触れておこう。

私は今日、気になる事があって大天使ミカエルのオラクルカードを1枚引いてみた。

そこに出されたのは以下のカードである。

自尊心とは

出されたカードは文字通り「自尊心」である(笑)

ここに書かれているメッセージとは、簡潔にスピリチュアル用語満載に要約するならば、

「本質において全なる神の一部である事を思い出し、自分の事をありのままに尊重し価値を与えよ。」

というメッセージです。

私はこのメッセージをみて、なるほど自尊心とは自己完結型の心の持ち方なのだなと感じたわけであるが、

世間一般で言う所の「自尊心」というのは、

自分と他者の比較無しには生まれてこないようなニュアンスで解釈されているのではないかと思い違和感を感じたのである。

自尊心とは

そもそも自尊心とは何なのか。

世間一般的にはどのように捉えられている言葉であるのかを、
改めて確認してみようと思う。

自分の人格を大切にする気持ち。また、自分の思想や言動などに自信をもち、他からの干渉を排除する態度。プライド。「自尊心を傷つけられる」

(引用)デジタル大辞泉

① 自分を優秀な者だと思う気持ち。尊大に構える心。プライド。 「 -が強い」
② 自分の品位を保とうとする心。プライド。 「そんなことは-が許さない」

(引用)大辞林

自尊の気持。自分を尊び他からの干渉をうけないで、品位を保とうとする心理や態度。プライド。

(引用)精選版 日本国語大辞典

なるほど。「自信」という言葉とニュアンスが近いという認識はあながち間違っていないようだ。

しかし、先ほど私が「なるほど」と思った自尊心の解釈とはニュアンスは異なっており、
他者の存在ありきで自分が優れている様であったり、他者を寄せ付けずに自らの体裁や品位を守ろうとするという側面が意味されている印象を受けた。

そして、世間一般的にも「自尊心」という言葉が発せられる時には、
そのようなニュアンスとして捉えられているのがまさに一般的であるのではないだろうかと感じた。

自尊心とは他者ありきなのか

しかし、そのような意味として自尊心、分解するならば「自らを尊ぶ心」を捉えた場合、

自らを尊ぶ心というのは、他者との比較、言い換えるならば他者という自分を写す鏡があって初めて認識できる意識のことなのだろうか。

もしそうであるならば、

その心は、自分も写ったクラスの集合写真を見て、楽しかったなあとか懐かしいなあとかいう感情ではなくて、

この人よりも、自分はこの点で優れていた、
この人よりも、自分はこの点で容姿が優れていた、
この人よりも、自分は良い進学先に進めた、

などという、

いつの間にか自分の中にあった価値基準に照らし合わせて点数評価し、
点数が高い分の差を合計して、その合計値の高さを見て初めて獲得できる感覚が、

自尊心なのではないだろうか。

もちろん、この話は、私の伝えたい事をやや強調するために、
皮肉交じりに作ったイメージ話であるが、

自尊心を持とうとする時に内面で湧き上がる思考プロセスを観察してみると、

あながち間違ってはいないのではないだろうか。

自尊心は必要なのか

ここまでの持論の展開からいうと、

自尊心に対してなんだかネガティブなイメージを持つように印象操作しているような流れになってしまっているが、

果たして自尊心は必要なのだろうか。

結論を先に言うならば(完全に煮詰まった結論ではないのだが)、

持つべき自尊心と、持っても仕方がない空虚な自尊心があるのではないかと、

言い換えるならば自尊心にも質の良し悪しがあるのではないかと思っている。

他者ありきの自尊心は空虚なのでは

他者ありきの自尊心とは、先ほど触れているように、
自分と他人とをとある価値基準で点数評価し、

他人よりも高い点数の合計が、他人よりも低い点数の合計よりも上回っているかどうか、

もしくは他人より低い分に関しては仕方ないとして、他人よりも優れている部分のみに注目して、

客観的に優れていると思える部分を根拠に獲得する意識のことである。

しかし、自他の点数評価による区別というのは、
そもそもの根源的な動機として、「自分は劣っているかもしれない。」という不安から来るものなのではないだろうか。

「自分は劣っている可能性があり、劣っていた場合耐えきれない。」という根本的な不安意識があるからこそ、

他者との比較でもって、少なくとも部分的には優れている面があるという事を認識したいのではないだろうか。

このことは、もしも「自分は劣っている」という発想がそもそも無い場合、つまり他者と自分を比較して点数評価する観点がそもそもにして無い場合、

他者ありきの自尊心というのは成立せず、あれこれ自分と他人を比較して一喜一憂している他者を見ると空虚な取り組みをしているように見えるだけなのではないだろうか。

まさに独り相撲している状態である。

もしも、部分的にでも他者より優れている面を見出したところで、
やはりどこかの面では劣っている部分があるわけで、

常に自尊心を根拠づける気持ちと、自尊心を否定する気持ちとの間を揺れ動くことになるのではないだろうか。

まさに、空虚な自尊心である。

自己完結型の自尊心は可能なのか

一方で、他者の存在を必要しない自尊心を、
自己完結型の自尊心と呼ぶのであれば、

私の意見としては、それこそが好ましい自尊心であるという話になるのだが、

そもそも自己完結型の自尊心というのは可能なのだろうか。

先ほど紹介した大天使ミカエルのオラクルカードでの自尊心の説明は、
まさに自己完結型の自尊心の姿を華麗に説明しているように思えるが、

それを納得するためには、全なる意識が細分化した末端としての自分という、ある種の世界観の共有が必要になる。

もちろん、そのことによって好ましい自尊心の獲得が可能であるならば、
それでいいじゃ無いかという事で議論を切り上げることもできるのであるが、

やはり多少なりとも風呂敷を広げてしまった身としては、
もうちょっと誰でも納得できるような結論を導きたい。

自分を信じる心はどこから生まれるのか

自己完結型の自尊心を獲得するためには、

自分を信じる(信じれる)という意識は必要条件であろう。

なぜならば、自分を信じることができなければ、
自分の中で自己完結にまで導くことが出来ないからだ。

それではどうすれば自分を信じることはできるのだろうか。

自尊心≒自信

とするならば、ここでも再び自信にも他者ありきの自信と、
自己完結型の自信とがあることになりそうで、堂々巡りになる。

そのため、ここでは自信という言葉を、

「自分で自分を信用する事」

というように勝手に定義する。(信用するとは何かという議論は省略)

自分で自分を信用するにはどうすればいいのか

自信という意識を説明したいのだから、自信という言葉はもちろん使えない。

であるならば、

自分で自分を信用するというのは、

「出来ちゃう感じ」

と説明するのが程よい気がしてしまう。

この「出来ちゃう感じ」という意識には、

過去や未来へと及ぶ意識の動きは無いように感じる。

なぜならば、過去への視点があるならば、「根拠は無いけれども」という意識が付随するはずだし、

未来への視点があるならば、「こんな感じに出来ちゃう感じ」という「こんな感じ」という点での未来への視点があるだろう。

私が言う所の「出来ちゃう感じ」という意識は、
「今ここ」というマインドフルネスの文脈で用いられる哲学を感じる。

結論

備忘録はサクッと終わらせたいので(言い訳)、ここら辺で結論をしておく。

結論的には、

自尊心を持つことは生きていく上で望ましい精神的態度であるが、

ともすると、他者ありきの空虚な自尊心に陥ってしまいがちであるので、

自己完結型の自尊心を持つように心がけると良い。

この自己完結型の自尊心というのは、「出来ちゃう感じ」という一言に集約される意識の現れであり、

その意識は過去と未来への視点を捨て去って今この瞬間に意識を定めることで、自動的に手に入るものである。

という事になりそうだ。

最後、「出来ちゃう感じ」という、ある意味芸術的な一言に集約してしまったが、今日はこの辺にしておこう。

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